センター長ご挨拶
姫路医療センターと田附興風会・北野病院におきまして、20数年間にわたり脳外科主任部長兼脳卒中センター長として延べ数千例の脳外科手術に携わってまいりました。 当院では主に、三叉神経痛や顔面けいれんに対する微小血管減圧術、脳腫瘍手術、脊椎手術を担当しています。25年前になり ますが奈良・法相宗総本山薬師寺の高田好胤元館主より直接に頂いた「鬼手佛心」の言葉を座右の銘として日々の診療に取り組んでいます。
三叉神経痛について
顔に堪えがたい痛みが起こる─三叉神経痛とはどんな病気?
顔の表面に激痛が走る病気
三叉神経痛とは、左右どちらかの顔面や口の中などに、突発的に鋭い痛みが走る病気です。重症になると、たとえば口の中に食物を入れたり顔にエアコンや扇風機の風が当たったりするだけでも電撃痛が走るため、日常生活や仕事に支障をきたすことがあります。
50代以降の女性に多い
三叉神経痛を発症しやすい体質などは特にありませんが、発症しやすい年齢のピークは50代以降で小児や若い方には少ない病気です。また、性別では、女性が男性に比べておよそ1.5倍~2倍多いといわれています。
三叉神経痛の原因について
三叉神経に血管が接触、圧迫して痛み「三叉神経痛」が起こる
痛みの原因は、顔の表面の痛む所ではなく脳の深いところにあることが分かっています。三叉神経は顔の感覚をつかさどる神経で、脳の中心部にある脳幹から分かれて顔面に出てきます。この脳幹から分かれる部位で、神経と脳の表面の血管が接触することで三叉神経痛が起こります。
原因は血管の動脈硬化
動脈硬化
血管の内側にコレステロールなどが付着して血管が狭く硬くなり、血液の流れが悪くなった状態。
三叉神経のそばを走る血管は通常の場合、三叉神経に接触しても強い圧迫を引き起こすことはありません。しかし、加齢に伴い血管に動脈硬化が始まると、血管は硬くなり蛇行します。蛇行により血管の触れた部分が強く圧迫されると、神経に脱髄(だつずい)という変化が起こり異常な電気の回路ができて、三叉神経痛が発症するとされています。
三叉神経痛の症状について
顔の片側でみられる、おでこ・頬・下あごの痛み
三叉神経は三つ叉(みつまた)に分かれていることがその名前の由来で、一番上の枝(第一枝)は額のあたり、2番目の枝(第二枝)は頬のあたり、3番目の枝(第三枝)は下あごのあたりに伸びています。第一枝から第三枝のどの部分に血管が触れても痛みが起こるため、顔の一部だけでなく複数箇所が同時に痛むことがありますが、頬や下あごのあたりに痛みが現れることがほとんどです。また、三叉神経は左右に一本ずつある神経ですが、両側の三叉神経に血管との接触や圧迫が同時に起こることはまれで、ほとんどの場合は顔の片側だけに痛みが現れます。
三叉神経痛と間違えやすい病気見分け方について
虫歯、顎関節症、副鼻腔炎などと混同されやすい
三叉神経痛では、顔の表面だけではなく口の中にも痛みを感じることがあるため、虫歯や歯肉炎などの痛みと混同されることがあります。歯の異常と間違われ、歯科医で抜歯されても痛みが治らないといって脳外科を受診される例も少なくありません。また、あごのかみ合わせの異常による顎(がく)関節症や、鼻の奥に膿(うみ)がたまる副鼻腔炎の刺激痛も、三叉神経痛と間違えられることがあります。
そのほか、症状をよく確認すれば違いが分かるのですが、片頭痛や重度の肩こりなどでも似たような症状が出ることがあるため注意が必要です。
三叉神経痛の検査、診断について
三叉神経痛で必須の検査はMRI検査
三叉神経痛の可能性がある場合、必須となる検査は頭部のMRI検査です。MRI検査にはさまざまな撮り方がありますが、全体的に撮影するだけでは三叉神経と血管の触れている部分を確認できないため、三叉神経の出口にターゲットをしぼって撮影します。症状から三叉神経痛が疑われ、MRI検査で神経と血管の接触が確認できれば三叉神経痛の診断がつきます。
三叉神経痛の治療方法
三叉神経痛に対する治療としてはテグレトールという薬や神経ブロックなどで痛みを緩和する方法があります。しかし、これらの治療法の効果は全て一時的で、難治性の場合は”微小血管減圧術”と呼ばれる手術による根治療法が必要になることがあります。これは三叉神経痛が、神経が血管で圧迫されて起こるので、圧迫している血管を神経から離す手術が有効なのです。極めて繊細な技術を要しますが、熟練した外科医ならば90%近い根治率が期待できます。
手術の方法は、耳の後ろに直径が百円玉ほどの穴を開けて顕微鏡を用いて行います。傷口はその部分を覆う髪の量があれば隠せるので美容的な問題はほとんどありません。
微小脳血管減圧術について
耳の後ろの髪の生え際の内側に5 – 6 cm程度の皮膚切開を置き、2.5cm程度の小さな開頭(100円玉くらいの大きさ)での手術です。
術中は検査部の参加の下、ABRモニターを実施します。これにより、手術操作で影響をうけやすい聴神経の障害を未然に防ぐことができます。
顕微鏡下で三叉神経痛の原因となる神経(白)の根元に圧迫を加えている血管(赤)を確認します。血管が神経を横切るように圧迫を加えています。
血管を慎重に移動させて神経より完全に離して、生体用の接着剤で固定します。神経の根元で圧迫のあった部分が赤く変色しているのがわかります。尚、原則として神経と血管の間には何も異物をはさみません(transposition法)。
Transposition法では専用の小型手術(接着剤微量滴下)キットを使用しています 。指で持っている部分を押すと微量の接着剤が出るため、狭く深い術野にも有効です 。これは岩﨑名誉院長が独自に開発され、広く普及しています。
片側顔面けいれんについて
片方の顔面の筋肉が自分の意志とは無関係に突発的にぴくぴく引きつる病気です。通常、まぶたの周囲からけいれんが始まり、徐々に頬や口の周り、重症になると首のほうまでけいれんが及ぶことがあります。50代以降の女性に多くみられ、痛みは伴わず、直接に命にかかわることはありません。
重症になると日常生活に支障をきたす
健康な方でも疲れたときにまぶたがぴくぴくすることはありますが、片側顔面けいれんでは徐々に頬や口の周りまでけいれんが及ぶことが特徴です。
重症になると顔の表面が強くゆがむため、精神的ストレスが強くなり日常生活で大きな負担となることがあります。患者様の中には、サングラスなどで顔を隠して外出する方や、対人恐怖症やうつ病を発症する方もいます。
片側顔面けいれんの原因、三叉神経痛との違いについて
顔面神経に血管が接触、圧迫してけいれんが起こる
片側顔面けいれんは、「三叉神経痛」と同じ仕組みで、脳の中心部にある脳幹から出ている「顔面神経」が、脳の表面にある血管と接触、圧迫されることで発症します。神経の圧迫部分に変化が起き、そこに異常な電気の回路が生じ顔面の筋肉がけいれんするという仕組みです。血管が顔面神経に接触する原因も、三叉神経痛と同じく血管の動脈硬化です。加齢に伴う動脈硬化で血管が蛇行するようになり、神経への圧迫が強くなることで片側顔面けいれんが引き起こされます。
片側顔面けいれんと三叉神経痛との違いは神経の種類
片側顔面けいれんと三叉神経痛の違いは、発症に関係する神経の種類が異なるということです。三叉神経痛に関係する三叉神経は顔の感覚をつかさどる神経で、片側顔面けいれんに関係する顔面神経は顔の表情筋を動かす神経です。三叉神経と顔面神経は近い位置に存在していますが、それぞれ違う役割を担っています。
ストレスや疲労との関連が仮説として考えられている
顔面のけいれんは突発的なもので、多くの場合は精神的に緊張したりストレスを感じたりするような場面で起こります。
たとえば、人前に出たときや接客業でお客さんと向き合うときなどに急に起こることが多いようです。
ストレスや疲労と片側顔面けいれんとの因果関係を示す医学的なデータはありません。しかし、ストレスや疲労により血圧が上昇して、神経への接触圧迫が強くなるのではないかと考えられています。
片側顔面けいれんの症状について
けいれんは目の周囲から始まる
片側顔面けいれんはまぶたから始まることが多く、頬から口の周りまで同時に引きつるようになっていきます。目の周りの筋肉である眼輪筋(がんりんきん)、頬の筋肉である頬筋(きょうきん)、口の周りの筋肉である口輪筋(こうりんきん)、これらはすべて顔面神経が支配する筋肉であるためです。
片側顔面けいれんの検査、診断について
MRI検査で神経と血管の接触を確認
片側顔面けいれんの診断には、まずは実際にけいれんの状態を詳細に観察することが重要です。また、頭部のMRI検査で顔面神経と血管の接触の有無を確認します。
ほかの病気との鑑別も大切
顔の筋肉がけいれんする病気には、他にさまざまな種類があります。たとえば、自分の意図に反して目が閉じてしまう「眼瞼(がんけん)けいれん」が挙げられますが、これは片側顔面けいれんと違って原因不明の両方のまぶたの異常運動です。そのほか、顔面神経にウイルス感染が起こって顔の神経が麻痺する「ベル麻痺(顔面神経麻痺)」の回復期にみられる顔面の異常運動や、突発的に目をぱちぱちさせる「チック」と呼ばれる心因性の病気とも鑑別が必要です。
片側顔面けいれんの治療法と特徴
ボツリヌス療法
ボツリヌス療法は、外来で短時間に実施できる治療法です。ボツリヌス毒素を顔の筋肉に注射して、神経を麻痺させてけいれんを目立たなくすることを目的として行います。ボツリヌス療法の効果の持続期間は通常2~3か月であるため、定期的に治療を続けていく必要があります。また、けいれんそのものを止めるのではなく、顔の筋肉を麻痺させてけいれんを目立たなくするだけで完治には至りません。
手術療法「微小血管減圧術」
三叉神経痛と片側顔面けいれんのどちらにも行われる手術
微小血管減圧術は、神経に接触している血管を離して固定することにより、圧迫されていた神経を自由にする手術です。三叉神経痛と片側顔面けいれんのどちらにも効果があり、痛みやけいれんを止めることができます。実際の手術は、全身麻酔で耳の後ろに100円玉ほどの小開頭を設けて行います。手術用顕微鏡や内視鏡を用いて血管が神経に触れている部分を確認し、血管を神経から離して固定します。
頭蓋骨の穴は最後に元通りに戻し、手術の傷は髪の毛で隠れますのでほとんど目立たず美容上もほぼ問題ありません。
顔面神経の近傍に聴神経があり、術中のABRモニタリングを正確に実施することで聴神経への損害を最小限にする必要があります。
顕微鏡下で顔面けいれんの原因となっている顔面神経の脳幹からの出口部(REZ)を圧迫している血管を確認し、慎重に移動させ接着剤で固定します。
神経の出口部(REZ)を圧迫していた血管を移動・固定させます。これにより出口部(REZ)の圧迫が完全に消失しています。この手法をtransposition法と言います。
微小血管減圧術に関する業績
【新聞・Web掲載】
・岩崎孝一: [オピニオン] 治療進む顔の痛みと痙攣. 神戸新聞朝刊(2006)
・岩崎孝一: 脳と神経の病気 顔面けいれん(血管の圧迫取り除く神経減圧術). 神戸新聞朝刊(2010)
・岩崎孝一: 三叉神経痛と片側顔面痙攣. メディカルノート社web版(2020)
Dr紹介
岩﨑 孝一 センター長
担当曜日: 月・火(午後)・木(午後)
資格:
・日本脳神経外科学会 専門医・指導医
・日本脊髄外科学会 認定医
・日本脳卒中の外科学会 技術指導医
佐々木 庸 副センター長
担当曜日: 水
資格:
・日本脳卒中の外科学会 技術指導医
・日本脳神経外科学会 専門医・指導医(北海道札幌 中村記念病院研修)
・日本脳卒中学会 専門医・指導医(北海道札幌 中村記念病院研修)
・日本脳神経血管内治療学会 専門医(神戸医療センター中央市民病院研修)
・上海浦南病院 客員教授
・西安交通大学 医学部 客員教授
・和康医療集団(中国浙江省杭州市)脳卒中リハビリテーション特別顧問
・湖州師範学院医学院客員教授
・経営学修士(MBA:神戸大学大学院)