理事長・院長挨拶
2011年7月ご縁あって大阪東部地区である大阪市鶴見区に、脳神経疾患の超急性期救命治療をテーマにした専門病院を開設させていただき、現在では年間2000例近い救急対応と、年間300例以上の手術治療を実施出来るに至っています。
開設火入れのメンバーと相談し、地域住民の皆様に愛され、そして無くてはならない病院を目指すべく、愛≒藍の都と命名し、チームイメージとしてイルカをトレードマークに決め、患者様ファーストを心根に一切のぶれなく歩んで参りました。
2017年6月16日には全国医療法人の0.5%にも満たない、極めて公共性の高い社会医療法人に開設6年目の最短記録で御認可いただきました。之もひとえに、私どもをご信頼いただいた患者様や患者様ご家族、救急隊救命救急士の方々、周囲の医療関係各位の皆様のおかげであると職員一同感謝しています。
藍の都職員を代表して心より御礼申し上げます。
私が、脳神経疾患の超急性期治療を基軸とした地域貢献にこだわる背景として、私の祖母の存在があります。
祖母は北海道開拓使道産子2世で、東京女子医専(現在の東京女子医大)を卒業後、北海道大学小児科で研修した女性小児科医でした。祖母が夜遅く出向く小児科夜間往診に、幼少期の私も随伴させられ、患者様が病気になる時間は患者様が選ぶことは出来ない、という理念を祖母の背中を見ながら教育されました。
その祖母が診療中に倒れ、脳卒中と診断されたものの、その当時の医療技術では正確な診断はおろか救命に至る治療は不可能であり、ほとんど治療をされないままに亡くなりました。
かような経緯が大きなインパクトとなり、24時間365日体制で脳疾患の超急性期救命治療を提供出来る病院を創りたい、と子供心に想起したのが、藍の都開設に至った強い動機となっています。
患者様ファーストを基軸に、2012年SCU(脳卒中ケアユニット)を開設、中枢神経疾患治療の充実を目的に2015年脊椎脊髄センター(栗林厚介センター長)を開設し、1年間100例近い脊椎脊髄手術治療を実施しています。
同年には痙縮治療センターを開設、脳神経疾患後遺症患者様への治療拡充のためボツリヌス治療を積極的に導入し現在大阪でもトップクラスの実績を誇っています。
また全身脈管系疾患治療の充実を目的に2016年循環器カテーテル治療科を開設し心臓ステントや末梢血管拡張ステント術も実施しています。
2017年脳神経内科を新設し、脳神経内科変性疾患(パーキンソン病やふるえ、痙攣など)への対応を充実しています。
当然のことではありますが、2019年一次脳卒中センターも修得しています。
また、その上で、令和2年11月日本脳卒中学会から脳卒中センターコア施設(地域の脳卒中センターのコア施設)に認定いただいています。
これは現在、脳梗塞治療の主役となっている脳血栓回収手術治療を24時間365日体制で実施できる脳卒中センターを、従来の一次脳卒中センターとは別に日本脳卒中学会の厳しい選別の元、一次脳卒中センターコア施設として選別することが始まっています。
この度、令和2年11月に正式に当院が大阪東部地区における脳卒中センターコア施設に選出いただきました。
今後は大阪東部地区の一次脳卒中センターのコア施設として貢献をして行く所存です。
これは現在、脳梗塞治療の主役となっている脳血栓回収手術治療を24時間365日体制で実施できる脳卒中センターを、従来の一次脳卒中センターとは別に日本脳卒中学会の厳しい選別の元、一次脳卒中センターコア施設として選別することが始まっています。
この度、令和2年11月に正式に当院が大阪東部地区における脳卒中センターコア施設に選出いただきました。
今後は大阪東部地区の一次脳卒中センターのコア施設として貢献をして行く所存です。
国際貢献プロジェクトとして、中国杭州に和康医療集団と合作で佐佐木脳リハビリテーションセンターを開設し、中国で未だ普及していないボツリヌス治療を含む痙縮治療や回復期脳リハビリテーションでの現地貢献にも参加しています。
今後は、脳腫瘍疾患への治療レベルの向上を図っていくとともに、2024年頃に整備選定される脳血栓回収センターに選出頂くよう、チーム一丸となって研鑽していきたいと思っています。
今後とも患者様ファーストへのチームの想い(DNA)は薄めることなく、人的資源の教育投資はもちろんのこと、最新機器や新規技術導入のための技術投資も今まで以上に推進し、大阪東部地区でなくてはならない病院に成長していきたいと願っています。
職員一同日々研鑽して参りますのでどうか今後ともご指導ご鞭撻の程お願いいたします。
社会医療法人 ささき会 藍の都脳神経外科病院
理事長・院長 佐々木 庸